Wheels Of Blue

何者でもない人間のひとりごと

いまどき結婚?

世間は平日だが、僕は休日。こういうのって、なんか良い。まるで世間が自分のために働いているようだ。みんな働いていないときに働き、みんな働いているときに休む。意図せずこうなった。働く必要がない状態が理想なのだけれど。

最近知ったのだが、日本も婚外子の差別がなくなってきているみたいだ。書類上では区別されるけれど、父親が認知していれば普通に養育費を請求できるし、財産を相続するときも不利にならなくなった。もはや、世間の偏見の眼差しだけが問題に。「意外に日本ってやるな」と思った。

日本人(の女性)って、「結婚」に拘りすぎるのではないだろうか。さすがに古臭いと感じる。自分の魅力や努力に自信がないので、法律や慣習の力で異性を引き留めておこう、という計算があるのかもしれない。それから、同じパートナーと生涯ずっと付き合い続ける、というのも無理があるのでは…。個人的には、有限で貴重な自由時間をたった一人の人のために捧げる、というだけで凄いと思う。

普通のニュースサイトを見ていると、やれ年収が何円以上だの、結婚願望のあるなしだの、俗な価値観が滲み出る言論空間にリンクされていることがある。まあ女性側も、望んだわけでもないのに男性向けの悪趣味なサイトに出くわしたりしているかもしれない。

僕らが住むこの社会は、素朴な共同体を乗り越えた先の、ある種のシステムであり環境だ。バラバラの価値観を持った個人が集まり、一定の権利や自由が前提にされ、それぞれが個別の目標を追求できる。結婚したい人はすればいいと思う。けれど、「恋愛は結婚に結びつかなくては不真面目で、結婚すれば子供を作って立派に家庭を切り盛りしていかなければならない」というのは、あまりにも硬直していると思う。

(別に、年齢に関係なく結婚に結びつかない恋愛をしてもいいし、子供も作る必要はない。「それでは少子化が進む」という批判がされるだろうが、産みたい人にどんどん赤ん坊を産んでもらい、補助金をつければ良い。産む人と育てる人が同じ必要もない。里親のシステムをもっと充実させれば良い)

「今日の日記は長めだね? なんか嫌なことあったぁ〜?」なんて言う人がいそう。偶然ですよ。まあ、話題がメジャーで具体的だからかな。制度は前進するけど、国民の意識が遅れている、という典型パターン。

何にしろ、冴えない男女の世界にはそれほど興味がない。

僕は僕の世界に戻ろう。痛快に現代社会を生きるのだよ。